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noise pop

生活

お前の話はつまんねえ

一年前。卒業しないのに卒業式に行きました。
式が始まって、喫煙所でタバコ吸ってたら女の先生が来て「もう式始まってるわよ〜」とか余計なことしに来て、近くにいた集団が「あっ、やっべ。そろそろ行くべ行くべ。マジかったりー」みたいな感じで建物に入っていったのです。


その後一人で移動してすぐにマカナでライブ。だだっ広い空間に客が二人くらいしかいなかったので、あれは公開リハーサルだったのだ。ドラムはソンソン弁当箱のコブちゃんにサポートで叩いてもらった。ギターがいなかったから4人でやった。一曲目でピアニカ使ったけど出だしから思いっきり間違った記憶がある。


そこから半年で卒業したのだけど、9月の卒業式は何のありがたみもなかった。卒業生の半分は来てないし、卒業生より来賓の方が多かった。多分ここで初めて学長を見た。物分りが良さそうな顔をしていた。
「卒業式なんて来なければよかったな」とセンチメンタルなことを思いつつ、入口にあった卒業式の立て看板の前で(一人で)写真でも撮ろうかと思ったけど、速攻で撤去されてた。気分がますます落ち込む。記念品はすぐに人にあげたから何を貰ったのかすら覚えてない。


あれから1年、のんべんだらりと生きてきて分かったことは「人の助言を過剰に受け止めると身を滅ぼす」ということでした。今までは全く意見が異なる二人の助言を真に受けてしまい「はわわ〜」みたいになってましたけど、一定期間だけそういうものはシャットアウトして行動したら案外上手くいきました。良かったです。


なんかで読みましたけど「分かってることも実践できない人間は大勢いる」らしいです。その人にもその人なりの行動できない理由があるんでしょうね。藤子F不二雄先生も「みんな、今の自分より少しはましになりたい、もっと向上したいと思う。でも、毎日同じ反省を繰り返しながら、足踏みをしている。結局のところ、それが人間というものなんじゃないかと思うんです」というありがたいこと言ってますしね。自分がやりたいと思ったらやればいいし、やりたくないと思ったらやらなければいい。少なくとも仕事以外は。それを咎める資格は他人にはないと思うので。


あと余談ですけど、全て完璧にこなして隙を見せずに常に正論を振りかざして生きてる人。僕大嫌いなんで宜しくお願いします。


最後に

1年間僕のことを心配してくれた、もしくは虫けらのように扱ってくれた皆さん、両親、姉(二人)、愚痴を聞いてくれたお友達、アパートの大家のおばちゃん、夜な夜な気持ち悪い笑い声を聞かせてくれた隣室の菊池君、他に客いないと100円サービスしてくれた理容室の方、1時間に渡って僕のどうでもいい話を聞いてくれたハロワのお姉さん、こんなクソみたいな性格なのに異常なまでに僕を慕ってくれたサークルの後輩さん達、僕をクソみたいな音楽の呪縛から開放してくれた先輩方、未だにメールくれる高校時代の友人たち(3人)、最長で5時間くらい居座っても無関心を装ってくれたベローチェの店員さん達etc

ありがとうございました。
当ブログは4/1より社会人編に突入します。