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noise pop

生活

24.こおったゆめをとかすように/昆虫キッズ(2012)

こおったゆめをとかすように/昆虫キッズ

 

こおったゆめをとかすように

こおったゆめをとかすように

 

 昆虫キッズが好きだ、という人間に会ったことがほぼない。マジでない。一回バンドで盛岡に行った道中で、僕がミックスCDを作ってきて適当に流していたのだけど、今作に収められている「裸足の兵隊」という曲がかかった瞬間、「聴いてると気持ち悪くなるから消してくれ」と言われた。つまんないことをいつまでも覚えている性格なのだ。

 

というかこのブログにキーワード検索で「昆虫キッズ 音痴」で辿り着く人がめちゃくちゃいるのである。確かに自分で作った曲を歌ってるとは思えないくらいピッチ外しまくってるのは、ある意味すごいと思う。だけど昆虫キッズで重要なのってそういうところではないような気がするのだ。

 

ナンバーガールというバンドがいた。90年代の非ビジュアル系の最先端を突き進み、解散後も多大な影響を残すバンドである。僕ももちろん好きなバンドだ。しかし、色んなバンドを見て、明らかにナンバーガールの呪縛に縛られているバンドが多すぎていることに気づいた。それほどナンバガの音だけでなく、意味性を無視したセンスが良すぎる歌詞やアートワークは鮮烈だったのだと思う。僕はそれにたまらなくムカついていた。いつまでナンバガナンバガ言ってんだこいつら馬鹿か、という感じで。

 

そんな時に昆虫キッズを聴いてめちゃくちゃ興奮した。ちょうど2ndが出てしばらくしたときだったのだけど、その後に出たこの3rdアルバムは本当に震えた。凶暴すぎるギターやドラム。だけど少し抜けてる。完璧すぎる。もうナンバーガールなんて聴いてる場合じゃねー、と思った。その当時、ツイッターで「昆虫キッズの『こおったゆめをとかすように』が高校の時に出てたら本当に人生変わってたと思う」と呟いていた方がいたけど、まさにその通りだろう。

 

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昆虫キッズのアルバムではこれが一番好きな気がする。

昆虫キッズの持つ、ドリーミー、サイケデリック、危うさ、ローファイ、都会性、狂気、色気、焦燥感、魔法、そしてファンタジー。それが全て集約されている。一つ一つの楽曲性のテンションの高さも素晴らしいのだけど、このアルバムは一枚通して聴くのが正しい気がする。一曲目の「街は水飴」で”美しい闇をたずさえ さえずる 鳥たち 朝を呼ぶ”と幕が開き、昆虫キッズの世界観が広がる。時に爆発しながら、暴れながら、傷つきながら物語は進み、「裸足の兵隊」での"海に行こう 見に行こう なにか大きなものを見に行こう"、そして最終曲「BIRDS」では"ひまなら飛んでって 凍った夢を溶かすような"という締めくくりを迎える。一種のコンセプトアルバムのような趣だ。

 

人によって定義が違うなんてことは当たり前だけど、ロックとはある種の雑さや粗さが許される、あまりにも広大すぎるものだと思う。昆虫キッズはそのフィールドをめいっぱい使い、もうまともな音楽がほとんど残っていない日本のロックシーンを牽引するかもしれない貴重な存在だった。しかし来年の1月をもって、昆虫キッズは活動を休止することを発表した。

 

僕の中に昆虫キッズが残したモノはあまりにもでかい。それは実像することができない魔法のようなモノなのかもしれない。砂上の楼閣で鳴らされている音楽だったとしたら、それは手にとることが出来ないだろう。だけど形に残る残らないということよりも、このバンドにとっては、それが完成するまでのプロセスの方が重要だし大切なのだったと思う。美しさとはそういうものだ。

 


昆虫キッズ"BIRDS" - YouTube


昆虫キッズ/ASTRA - YouTube