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生活

黒く塗った

先日友人とお酒を飲んでいたらいつの間にか「お互いの黒歴史を暴露しまくる」という流れになっていた。なんという恐ろしい事態なのだろう。どんな人間にも必ず触れられたくない過去というものが存在する。夜布団に入っているときに突然その触れられたくない過去がハンカチのようにフワッと落ちてくる。それが顔に覆い被さると、心の奥にある引き出しに閉まっていた記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡り「うわあああああ!」と絶叫してしまう。一気に眠気も吹っ飛びトランス状態に陥ってしまい、僕はココアを飲んでなんとか気持ちを落ち着けようとするのだった。

個人的な黒歴史は本当に数え切れないくらいあるのだけど、一番鮮明なのは高校の時に書いていた日記、というかブログである。

日記じゃなくてブログ。ますます質が悪い。日記だったら机の中に閉まっておけば大丈夫だが、これはブログだ。インターネットという超巨大な大海に発信したことにより、世界中の誰もが閲覧することが出来る。冷静に考えるとなんという恐怖なのだろう。しかもパスワードを忘れてしまったことにより、それは誰の手によっても削除されず、半永久的にこの広い広い海の中を漂い続けるのであった。

その飲み会の途中でこっそりと検索してみた。「ひょっとしたらもう海の藻屑となって消えてるかもしれない」という僕の淡い期待は見事にぶち壊された。見つかってしまったのだ。高校2年から高校卒業までの期間、なんと590個の記事がエントリーされている。なんだろう、これは。気持ちが悪い。頭が痛くなってきたので頭痛薬をもらうほどだった。

一個一個の記事に対して、黒歴史ハンカチに懺悔するような気持ちで目を通す。気分は踏み絵を強要される隠れキリシタンだ。彼らは踏み絵をすることにより「もう踏めません」と言うまで精神もズタボロにされていたが、僕はなぜか読めば読むほど不思議な感情が芽生えてきてムズムズしてきてしまった。奇声を発しのたうち回りながら遡って記事を読む僕は、狂気以外の何者でもなかった。黒歴史ハンカチもいつの間にか消えていた。しまいには僕はそこにいた友人達にそのブログのアドレスまで教えてしまってした。

高校3年の僕は、大槻ケンヂの青春小説三部作「グミチョコレートパイン」を読んだ感想を「和製スタンド・バイ・ミー」と評していた。おい、高校3年の自分。お前はその時スタンド・バイ・ミーなんて見てなかったじゃねえか。俺はDVD買ったけど知り合いに貸したっきりもう2年くらい返ってきてないぞ。そして今年の夏には「STAND BY ME ドラえもん」という冗談みたいな3D映画まで公開されるんだぞ。知ってるか。知らないだろ。今度一緒に見に行こうぜ。