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noise pop

生活

11.大友良英/Blue(2003)

10回更新したら気が緩んだかどうだか知らないけど、何故かレビューの存在を忘れていた。このままだと3日坊主ならぬ10日坊主という、飽きっぽいというよりただの根性無しのように思われて非常に嫌な気分なので再開したいと思います。


大友良英/Blue

blue

blue

濃い海の上に広がる空や
制服や幼い私達の一生懸命な不器用さや

あの頃のそれらが
もし色を持っていたとしたら
それはとても深い青色だったと思う

96年発表の魚喃キリコ原作による漫画「Blue」。2003年に映画が公開され、監督は安藤尋。そして音楽担当は、昨年「あまちゃん」で一気に知名度を上げ、いまやそこら辺の近所のおばちゃんも名前は聞いたことがあるであろう大友良英。今回の主役である。

「Blue」は2人の女子高生が描くわりと王道な青春映画だな、と最初見たときは感じた。

青春映画には「青」がつきまとう。
空の青、海の青、夏の青、感情の青、弱さの青。それはどこまでも透明でセンチメンタルであり、そして不安定さも持ち合わせている。僕が所謂「青春モノ」の映画やアニメが好きな理由は、未熟な登場人物たちの落ち着いて見ていられないような言動に、とてつもない魅力や希望を感じることができるからだと思う。高校時代までそんな絵に描いたような青春を1ミリも体験できずに、なんとなく大きくなってしまった自分。一番脂の乗っていた「17歳」という時期の記憶が無い。マジで無い。

話は戻るけど、この「Blue」のサントラは、そのタイトル通り、必要以上に多感であり、必要以上に傷つきやすい、青という色を音にした作品である。

大友良英は元々即興やノイズ演奏家として名を馳せていたが、今作では出演者をも巻き込み素人が奏でる、ちょっとしたことで崩壊してしまいそうなゆるい演奏を作り上げている。「Blue」ももちろん、「Painting」では冒頭から前につんのめり転倒してしまいそうなリズムが繰り広げられる。それはとても幼くて、そして不器用。「青さ」である。このアルバムは、拙いリコーダーを頼りに何か見えないものを探しに、「青春」という終わりがないようで確実に終焉を迎えるものを、ひとつひとつ残らず音にしていく旅のようなものである。

遠まわしに撮られた青い海が延々と続く映像が目の前にある。