noise pop

生活

りんご狂騒曲 その2

ん?この人今「6人乗り」って言わなかったか。この世のハイエースは全て10人乗りだってギターの秀憲が教えてくれたのはいつだったっけかな…。一応聞いてみる。

「あれ、10人乗りをレンタルしたはずなんですけど」

「いえ、こちらの予約では6人乗りのハイエースキャラバンをご予約されてますけど…」

「え、でも確かにネットで予約したときは10人乗りって書いてあったものをクリックしたはずですけど」

「ですがこちらの予約では…」

電話越しに不毛なやり取りを続けるキチガイとレンタカー屋店員。周りで作業しているメンバーの顔を見ると「なにかとんでもないことが起こりそうだぜ」という期待に満ちあふれた顔、というよりは単純に「こいつ殺してえな」という嫌悪感むき出しの顔をしていた。さっきまで僕が頭の中で描いていた理想郷は音をたてて崩れ去った。

「ちなみに何人でお乗りになりますか?」

「8人なんですけど」

「でしたら5人乗りの普通車を2台お貸しすることはできますけど…。お値段はこうこうこうで…」

た、高くなってる。このままだと汚名挽回どころか恥の上塗りである。玄関で縮こまって電話をしていたのだが、ちらっと作業を進めるメンバーを見ると、「どうやって殺すか」「やっぱ崖から突き落とすのがいいと思う」「いや、それだと不自然だから地下鉄のホームから突き落とすか」という心の会話が聞こえたような気がした。「とりあえずその予約は生かしておいてください」という超絶上から目線の言葉で電話を切って、ありとあらゆるレンタカー屋に電話をしたが、連休に入るためにどこの店にも10人乗りのハイエースなんてものはなかった。生かしておいた予約もそろそろ切れるどころか、自分の命も危ないんじゃないかと思った。

最終的に「5人乗りの普通車2台借りるくらいなら、自分たちが持ってる軽自動車2台で行ったほうがいいんじゃないか」という結論に達した。急いでレンタカー屋に電話して「その予約、殺してください」という旨を伝え、準備をして4人+機材+物販を積み込み、ケーズスタジオに向かったのだった。

待ち合わせ場所には、おそらくハイエースで行くことを楽しみにしていたであろう大荷物を持ったホナミちゃんとカナコちゃん、そして何故かヒラケンまでいた。とりあえず土下座をしといた。僕の土下座で心を動かされる人が、果たしてこの地球上に何人存在するのであろうか。とりあえず「軽で行ったほうが安上がりだしさ、ほら、しかもレンタカー代はいらないんだよ?すごくない?」という薄っぺらいにも程がある持論で無理やり納得させて、タクロウさんの軽、山根の軽に分かれて、無事に松本市へ向けて出発した。これ以上のトラブルなんて、最早事故って死ぬくらいしかない。そう思えば心は晴れ晴れとした。いや、そうでも思わなきゃやってらんねえ。


高速に無事に乗り、僕はというと国見SAで早々と「ちょっと運転代わってくんない?」と秀憲くんにお願いして後部座席でスマホをいじりだした。ちなみに年齢で言うと3つ下である。嫌々ながら代わった運転はなかなか快適であった。「ああ、俺は今長野までライブをするために南下してるのだなあ」と思いながら外を眺めた。夜の闇にうっすらと光る車のライトが車内を照らした。なんだか夢みたいだな、とさっきまで自分がした行いは全て頭の中から消えていた。ほら、なんだかんだ言っても皆楽しそうじゃん!俺のことなんてみんな笑って許してくれるさ!うん!

その瞬間、車がいきなり揺れた。

「うお!どうしたの」

「なんかタヌキみたいなのが轢かれて死んでたんです…。轢いちゃいました…」

まだトラブルの神様は許してくれていないのだった。

宇都宮のSAに着くとみんな何故かスーパーボールのガチャガチャをやりだした。山根とベースのなおちゃんはスーパーボールを投げ合っていた。こいつら馬鹿なんじゃないかと思った。そんなものよりギョーザ食べたい。そう思ったのでギョーザ定食(850円)を注文した。なんでちょっと割高なのかというとギョーザが二人前ついてくるという、いかにも名物っぽさをアピールしたい感じが出ていたからであった。「これ、ちょっと多くね?」と思いながら食べていると、なおちゃんがお盆の上にスーパーボールを2個置いてきた。色彩鮮やかなスーパーボールは食欲を無くすのに最適なものだということをこの時知った。

「秀憲くん、一生のお願いがあるんだけど、俺ギョーザ食ったら眠くなってきちゃった。続けて運転してくんない?」

「甘えんな」

可愛らしいやり取りをした後、再び運転を交代して高速に乗る。タクロウさんは相変わらず文句のひとつも言わずに運転していた。偉いっ。ジャンクションという一歩間違えれば死に値するような道を間違いなく通り抜け、なんとかどこかのインターに到着して仮眠をとることになった。

昨日から合わせて3時間くらいしか眠っていないはずなのに、全くと言っていいほど眠くならなかったのはどうしてだろうか。本当に眠れないので外にあるベンチで横になってみた。「うわあ、月がすごいスピードで動いている!」と思ったけどよく見たら動いているのは雲の方であった。月が「ばーか」と言ってる気がした。「手を伸ばせば今にも星に届きそう」と、2000年代のJ-POPの歌詞みたいなことを思いながら手を伸ばしてたら、知らないおっさんが死体をみるような目で見てきたからおとなしく車に戻った。

戻る途中に山根くんがギターの弾き語りをしていた。朝の5時に。見ないふりをする女性。遠くから見てるおじさん。他人のふりをする僕。車に戻って助手席でボーッとしているとギターを持った山根くんが、おそらく全員熟睡しているタクロウカーに近づいてギターをかき鳴らしていた。見えないふりをした。朝起きてタクロウさんに「昨日あいつがギターかき鳴らしてるの気づきました?」と聞いた。

「うん、気づいたよ。寝てるふりしたけど」